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ウズベキスタンのおすすめ観光スポットTOP30

ウズベキスタンは東洋の明るく刺激的な国です。豊かな建築遺産、多くの歴史的モニュメント、カラフルなバザール、保護公園で大切に守られている大自然 - これらは、しっかりとした予算がなくても、誰もがウズベキスタンで見ることができるすべてです。ウズベキスタンの興味深い観光スポットを全て数えることは不可能ですが、少なくとも主要な観光スポットは訪れる価値があります。

ウズベキスタンの見どころ

ウズベキスタンはいくつかの地域に分かれており、それぞれの地域には独自の見どころがたくさんあります。ウズベキスタンを訪れる観光客は、限られた時間の中で思い出に残る名所をすべて回らなければなりません。 この格付けは、選択プロセスを簡素化し、将来の旅行の有能な計画を立てるために設計されています。

1. タシケント市

近代的大都市のパノラマ

ウズベキスタンの首都タシケントは、CIS諸国でも5本の指に入る人口を誇る大都市。歴史的建造物や古代のモスクが高層近代建築の間に見え隠れし、近代的なショッピングセンターと伝統的な東洋のバザールや市場が交互に並んでいます。特筆すべきは、古い建物の多くが修復されていることです。1966年の大地震で一部が破壊され、それ以来、新しく生まれ変わった街の外観は大きく変わりました。

公式サイト: https://tashkent.uz



2.タシケントTVタワー

タシケントTVタワーの眺め Davide Mauro

中央アジアで最も高い建造物とされるタシケント・テレビ塔の高さは375メートルで、空に突き刺さる長い尖塔は街のどこからでも見ることができます。テレビ塔の約100メートルの高さには展望台があり、一段高い場所にはレストランホールがあり、窓からのパノラマを眺めるだけでなく、食事をすることもできます。ウズベキスタンのツアーガイドは、テレビ塔の建設の歴史や、テレビ塔の役割、世界の類似建造物の中での位置づけなどを紹介する博物館を含む内部のツアーに喜んでご案内します。

公式サイト: https://www.tv-tower.uz



3. アミール・テムール広場

国際フォーラムとチャイムの宮殿を背景にしたティムール首長記念碑

有名な軍事指導者の名を冠したこの広場は、19世紀後半に建設されました。当時は、タシケントの中心部にある小さな公園でした。1994年にアミール・テムールの記念碑が建てられ、公園は整地され、緑と噴水のある広場になりました。現在、広場の周囲には、ホテル、法律研究所、アミール・テムール記念博物館、多くの公式式典が行われるフォーラム宮殿などの有名な建物があります。

4. チョルス・オリエンタルバザール

東洋のお菓子やスパイスが並ぶ古代のカラフルなチョルス・バザール Eric Haglund

ウズベキスタンのタシケントの中央広場、エスキ・ジュヴァには見どころがたくさんあります。現代的な外観とは裏腹に、チョルス市場の歴史は何世紀にも遡ります。約2千年前、この地域には古代の集落が築かれ、その中心は伝統的にバザールでした。やがて見本市が開かれるようになり、活発な商品交換が行われるようになり、中央アジア各地から商人が集まるようになりました。それ以来、バザールは街の中心地となり、今日に至るまで、4つの商店街の交差点に位置するチョルスは、新鮮な香りの果物や東洋のお菓子、色とりどりのウズベク土産で訪れる人々を魅了しています。

5. サマルカンド

サマルカンドはアジアの歴史的・文化的モニュメントの街 David Stanley

サマルカンド市は、その驚くほど長い歴史で有名です - それは世界で最も古い都市の一つであり、私たちの時代の始まりの8世紀も前に設立されました。かつてこの都市は東西を結ぶ最も重要な地点であり、大シルクロードはサマルカンドを通過しました。そのため、他にはないこの地には、霊廟、博物館、モスク、古代集落の遺跡など、膨大な数の文化的・歴史的モニュメントが保存されています。

公式サイト: https://www.samshahar.uz

6. サマルカンドのレギスタン広場

ウズベキスタン、サマルカンドのレギスタン広場にあるシェール・ドール・マドラサ

ウズベキスタンの見どころといえば、6世紀以上もの歴史を持つレギスタン広場も欠かせません。広場にあるいくつかの建物は、建設当時からそのままの形で保存されています。中世に建てられた3つのマドラサ(学校)の複合体は、伝統的な国家様式のモザイクで覆われており、特に注目に値します。広場自体は、19世紀後半に石畳と焼いたレンガで舗装されました。

公式サイト: https://www.centralasia-travel.com

7. サマルカンドのビビ・ハヌム・モスク

サマルカンドのティムール大聖堂モスク

サマルカンドのもう一つの宝石は、15世紀にさかのぼる神聖なモニュメント、ビビ=ハヌム・モスクです。このモスクは、インドから凱旋帰国したタメルラン・ハーンの命により建立されたと考えられています。偉大な司令官は、自分の勝利を証明する生涯の記念碑を建てることを望んだのです。建設には、他のアジア諸国からの多くの職人を含め、総勢約700人が参加しました。今日に至るまで、幾度もの地震にもかかわらず、モスクは1968年以来35年にわたり行われてきた大規模な修復作業にも助けられ、元の壮麗さと美しさを保つことができています。

公式サイト: https://www.centralasia-travel.com

8. サマルカンドのルハバード廟

ウズベキスタン、サマルカンドのルカバード廟。

ウズベキスタンのエクスカーションでは、サマルカンドにあるこの建物を無視することはできません。その建築と外観のデザインは禁欲的で、明るい色や伝統的なモザイクはありません。この霊廟には、禁欲と絶え間ない巡礼に生涯を費やしたイスラム教の有名な聖人の遺物が納められています。それは、シェイク・ブルハネディン・サガラジに関するもので、彼はしばらくの間、タメルレーヌの精神的助言者としても活躍しました。聖者の死後、高い尊敬と名誉の証として、ハンは霊廟の建設を命じました。

公式サイト: https://www.centralasia-travel.com

9. ブハラ市

ブハラ歴史地区 Euyasik

2500年前に建設されたもう一つの古代都市をご紹介します。ブハラは本物の博物館都市です。どんな建造物であれ、それはランドマークであり、本物の展示物です。古代のモスク、城塞、霊廟、マドラサ、モニュメントなど、街を散策しながらこれらすべてを見学することができます。かつてはシルクロードがブハラを通っていましたが、現在では意図的に復活させられています。

10. ブハラのリャビ=ハウズ

ブハラのリャビ=ハウズ人工貯水池とノディル=ベギ聖堂。 Robert Wilson

そしてもちろん、ウズベキスタンの名所を語る上で、ブハラの名所を挙げないわけにはいきません。モスク、マドラサ、東洋の民話に登場するコジャ・ナスレッディンの記念碑からなる建築アンサンブルがあります。広場は噴水のある素晴らしい池に囲まれています。リャビ=ハウズは、ブハラの様々なお祭りや公式の祝日によく使われる場所となっています。

11.サマニド廟(ブハラ)

ブハラの緑豊かな都市公園にあるサマニド廟

古代ブハラの墓地の領土にあるサマニド公園には、9世紀と10世紀の接点に作られた建築のもう一つの傑作である古代の家族の墓、サマニド廟があります。ファサードや内部の装飾は、鮮やかな色彩が使われていないにもかかわらず、建築家たちが普通のレンガを使って実現した装飾の見事な透かし彫りが印象的です。墳墓の敷地内には、古代のイスラム教徒の墓地があり、後に池のある公園が造られ、祭りの場となりました。

12.ブハラのカルヤン・ミナレットとモスク。

ウズベキスタン、ブハラのポ・イ・カルヤン複合施設の一部、カルヤン・モスクの中庭

ブハラを旅行中にウズベキスタンの行き先を選ぶ際には、ブハラのシンボルとなっている、ミナレット、モスク、マドラサを含む主要な建築複合体であるポイ=カルヤンをぜひ訪れてみてください。12世紀に焼けた煉瓦で建てられたカルヤン・ミナレットは46メートル以上あり、頂上には円錐形のランタンがあります。ミナレットは、カルヤン・モスクの屋上と橋で結ばれており、 そこから螺旋階段でドームに登り、素晴らしいパノラマを見 ることができます。モスク自体は、ミナレットよりやや遅れて16世紀に建てられ、今日に 至るまで、街の主要な聖堂モスクとなっています。

13. ヒヴァ市

ヒヴァは大空の下の都市博物館

何世紀も前、グレート・シルクロードに位置したもう一つの都市が、古代ホレズム、現在の呼び名ではヒヴァです。ヒヴァは野外博物館とも言えるでしょう。ユネスコのリストに登録されているのも、その理由がないわけではありません。紀元5世紀頃に建設された旧市街イチャン・カラには、城塞、宮殿、モスク、ミナレット、霊廟など約60の歴史的建造物があります。城壁に囲まれた旧市街の外側には、ディシャン・カラと呼ばれるもう一つの古代地区があり、住宅や交易路がありました。

14. ヒヴァのイチャン・カラ要塞

イチャン・カラ要塞の正門

古代東部都市ヒヴァのイメージを今に伝えるイチャン・カラ城塞。考古学者の結論によると、旧ヒヴァは5世紀にはすでに存在し、グレート・シルクロードの中継地として機能していたと考えられています。イチャン・カラの城壁内にある旧市街は、約30ヘクタールの面積を占め、6~8メートルの巨大な城壁に囲まれています。城壁の外側には溝が掘られ、そこには水が満たされていました。また、要塞の城壁には4つの門があり、打撃塔で要塞化され、展望台で補われています。

15. ウルグベクの展望台

クハクの丘にあるウルグベク天文台と博物館

ウズベキスタンにこのランドマークが出現した前史は、有名なタメルランの好奇心旺盛な孫ウルグベクの誕生でした。祖父との旅行で初めて天文台を見た少年は、それ以来、自分の天文台を作りたいという夢を持つようになりました。若くしてサマルカンドの支配者となったウルグベクは、この夢を実現し始め、1423年には有名な天文台がサマルカンドに出現しました。この天文台には、半径40メートルの六分儀があり、その上で天体の高さを測定していました。

16. シャヒ・ジンダ建築記念碑

古都アフロシアブの丘にあるサマルカンド貴族の霊廟群。

サマルカンドのビビ・カヌム・モスクからそう遠くない場所に、最も美しく色彩豊かな記念碑群、街路墓地、シャーヒ・ズィンダのネクロポリスがあります。その歴史は11世紀に始まり、アフラシアブ集落の南東斜面に預言者モハメッドの従兄弟アッバースが埋葬されました。現在、14もの霊廟が現代まで残っており、そのファサードは青青色の装飾とペイントされたドームで輝いています。ここには、サマルカンドの輝かしい歴史に名を刻んだ有名な人物、軍人、科学者、職人の墓があります。

17. アーク城塞

アーク城塞の古い城壁

ウズベキスタンの最も古い文化遺跡の一つであるアーク城塞はブハラにあります。考古学調査の結果、この城塞の年代は紀元前6世紀から3世紀と判明しました。20世紀初頭まで、要塞はブハラの支配者の宮殿として使用されていました。アヴィセンナ、フェルドウィーシ、オマル・ハイヤームなど、多くの創造的で学術的な頭脳が、その長い歴史を通して城塞に住んでいました。現在、城塞は歴史学、貨幣学、自然学などの部門を持つ大きな博物館となっています。

18. グール・エミル(タメルラン廟)

タメルラン廟は中央アジア建築の傑作

サマルカンドの多くの有名なモニュメントと同様に、グル・エミル廟も有名な戦士タメルランの名前に関連しています。アミール・ティムールの多くの子孫や側近がここで最後の避難所を見つけました。そして、墓の建設が始まったのは、タメルランの孫の一人であるモハメッド・スルタンの急死と関係がありました。ティムール王朝の地下墓地は、中央アジアの多くの偉大な建築家が足跡を残した表現力豊かなデザインで、大きな1つのドーム型の建物です。壁の巧みなペイント、青金模様のフィリグリー、貴重な素材の組み合わせ-これらすべてが、この何世紀も前の壁に、いかに偉大な人物が眠っていたかを改めて思い起こさせます。

ウズベキスタンの見どころ:ウズベキスタンの他の見どころ

ウズベキスタンの主な見どころを簡単にご紹介しましたが、これは数世紀にわたる栄光が現代に至った思い出深い場所のほんの一部に過ぎません。ウズベキスタンには、人間が作り出したモニュメント以外にも、自然が作り出した美しく素晴らしい場所がたくさんあります。ウズベキスタンの自然景観の写真と名前と説明は、レビューの続きに記載されています。

19. シャルヴァク貯水池

シャルヴァク貯水池-透き通った水の人工湖

シャルヴァク貯水池のエメラルド色の水は、湖岸を縁取る雄大な自然との調和がなければ、ただの人工貯水池です。遠くの背景には天山山脈の歯があり、貯水池の海岸線の総延長はほぼ100キロ。このため、貯水池の出現とともに、リゾートインフラが積極的に開発されるようになりました。海岸では今日、ウズベキスタン最高のホテル、サマーキャンプ、リゾート、キャンプ場が営業しており、海岸一帯はいくつかの大きなレクリエーションエリアに分かれています。

20. キジルクム砂漠

キジルクム砂漠の砂の風景

アムダリヤ川とシル・ダリヤ川に挟まれたウズベキスタンの大地には、アジアの大砂漠キジルクムが広がっています。キジルクムはウズベキスタンのほか、トルクメニスタンとカザフスタンにも部分的に広がっており、総面積は300平方キロメートル。キジルクムの土地は、ウズベキスタンのほか、トルクメニスタン、カザフスタンの一部にも広がっており、総面積は300平方キロメートルです。砂の山が多く、乾燥しており、大陸性気候であるにもかかわらず、植物相や動物相は多様で、特に春の訪れとともに降水量が増えます。また、キジルクムの土地は部分的に人の手によって開発されており、アルテジア盆地に基づいて小さなオアシスが作られ、金鉱床が発見され、羊の飼育が行われています。

21. フェルガナ渓谷

天山山脈に囲まれたフェルガナ渓谷。

フェルガナ渓谷はウズベキスタンの真珠と呼ばれるほど豊かで美しい自然を有しています。水資源に恵まれた肥沃な土地、様々な自然資源、定住農民によって耕作されたオアシス地、そしてこの土地の周囲は天山の雄大な尾根に囲まれています。古代においても、さまざまな文明の代表者がこの花開いたオアシスに住んでいたことは、数多くの考古学的発見が証明しています。

22. チムガン山脈

チムガン山の風景

チムガン山地は美しい自然だけではありません。絵のように美しい斜面には灌木が生い茂り、渓谷や峡谷にはきれいな山河が流れています。スキー、パラグライダー、ハイキングが盛んな人気の観光地でもあります。チムガン山地への旅は、無尽蔵のエネルギー源である自然そのものに養われ、「再起動」して体力を回復することができるというのが口コミの証言です。休日だけでなく、週末や連休にも多くの人々が訪れ、多くの観光キャンプやホテルが営業しているため、宿泊や滞在に適した場所をいつでも見つけることができます。

23. ムイナックの船舶墓地

ムイナクの日なたで朽ち果てる漁船とボート

ムイナクはかつて漁業が栄え、アラル海が世界最大級の塩湖であった、まさにオアシスのような町でした。1960年代から、畑の灌漑用に河川を迂回させるために、人間の手によって海が定期的に流されるようになりました。この活動の結果、海は枯れ始め、土地から多くの埃と有毒化学物質が取り除かれました。錆びついた船の残骸は、アラル海の無分別な扱いがもたらした悲しい結果をはっきりと示しています。かつてこの場所にあった海港は、今では船の墓場となり、その廃墟は歩いて降りて、かつての海底を歩くことができます。

24. 国立ティムール朝歴史博物館

タシケント中心部にある国立ティムール朝歴史博物館 Sigismund von Dobschütz

国立ティムール朝歴史博物館は、ウズベキスタンの主要都市である首都タシケントの中心部に位置し、アミール・ティムールとティムール朝の時代から5,000点以上の展示品を所蔵しています。1996年の開館は、ティムール生誕660周年の記念式典に合わせたもので、博物館の場所は、美しい公園や国家機関、教育機関に囲まれたアミール・ティムール広場の近くでした。丸い形をした建物には巨大な青いドームがそびえ、壁には民族様式のモザイク画が並んでいます。内部は荘厳な装飾が施され、その華やかさが印象的です。2階と3階は、有名な王朝の歴史に完全に捧げられています。これらのホールの内部は、金箔、大理石、東洋絵画、細密画で豪華に装飾され、壁には歴史的な絵を描いたフレスコ画が飾られています。展示品には、考古学、貨幣学、民族学的資料、軍用弾薬、精巧な細密画、才能あるヨーロッパの巨匠が描いたアミール・ティムールの絵画などがあります。

25. ウズベキスタン歴史博物館

タシケントのラシドフ通りにあるウズベキスタン歴史博物館 Stefan Munder
タシケント・ウズベキスタン歴史博物館1階展示室 Davide Mauro

ウズベキスタンの波乱に満ちた歴史は、数多くの博物館に反映されています。首都タシケントでは、19世紀末にトルキスタン国立博物館が設立され、前世紀初頭には歴史博物館へと生まれ変わりました。巨大で独創的な立方体の建物には、様々な道具、食器、日用品、宝石、鏡などの文化財を通して、国の歴史的発展の特色を伝える大規模な構成物が展示されています。階には管理室、会議場、映画館があります。最も興味深いのは3階と4階で、ここには約1万点の展示品があり、これは25万点の収蔵品のほんの一部に過ぎません。最も有名な展示品は、紀元前4~5世紀の巨大なサカ大釜、紀元後1世紀の「トライアド」と呼ばれる2人の僧侶と仏陀の像、古代の織物や陶磁器の見本、コイン、歴史的な写真や文書などです。

公式サイト: https://www.history-museum.uz

26. タシケントのイエスの聖心大聖堂

タシケントのイエスの聖心ローマ・カトリック教会の眺め Or2008

タシケントではお馴染みの青いドームとミナレットを背景に、中央アジアらしからぬゴシック様式のシルエットが目を引くイエスの聖心大聖堂は、ウズベキスタンの主要なカトリック教会で、地元の人々の間では「ポーランドの教会」と呼ばれています。キリスト教が中央アジアに広まり始めたのは、グレート・シルクロードの発展のおかげで、紀元後数世紀のことでした。それにもかかわらず、最初のカトリック教会が出現したのは何世紀も後のことです。そのため、この大聖堂の建設は1912年に開始され、このプロセスには主に戦争捕虜が参加し、その中には建築家、エンジニア、彫刻家など多くの専門家がいました。イエスの聖心大聖堂は、ネオ・ゴシック建築の壮麗な例です。醜悪で陰気なファサードはステンドグラスと尖塔で飾られ、内部は花崗岩と大理石が敷き詰められ、家具や扉は貴重な木材で作られています。本堂には高さ2メートルのイエス・キリスト像とオルガンが飾られています。

公式サイト: https://www.uzinform.com

27. タシケントの聖母被昇天大聖堂

タシケントの聖母被昇天大聖堂の敷地内の噴水と緑地 ГОЛ ос

聖母被昇天大聖堂の歴史はユニークで、かつては聖パンテレイモン教会と呼ばれる小さな墓地教会でした。前世紀の中頃、寺院の拡張工事が始まりました。前世紀の30年代から40年代にかけて、教会は閉鎖され、その敷地は病院の必要性に使用されました。第二次世界大戦後、教会は聖母マリアの休息という名で奉献され、首都の主要な正教会の聖堂に任命されました。50~60年代、教会はほぼ再建され、新しい建物には4,000人の礼拝者を収容することができました。聖堂の崩壊後、聖堂は徹底的に修復されました。現在では、黄金のドームを戴く三連アーチをくぐって大聖堂の領域を訪れることができます。中庭の建物は、古典主義の法則に従った単一の様式で作られており、白い装飾と青いファサードが組み合わさって、風通しの良い構成になっています。20世紀に再建された5層の透かし彫りの鐘楼は特に注目に値します。

公式サイト: https://pravoslavie.uz

28. ボロ・ハウス・コンプレックス

ブハラのレギスタン広場にある20本の柱を持つモスクのファサードと人工貯水池。 Jean-Pierre Dalbéra

ウズベキスタンを訪れる旅行者にとって、ブハラを訪れるホットなツアーに参加する理由は十分にあります。この都市は、激動の歴史的出来事を物語る多くの歴史的建造物で有名で、中でも荘厳な要塞構造アークが特別な位置を占めています。東洋の建築の伝統のもう一つの顕著な例は、水源の近くに建てられたボロ-ハウズモスクです。一般的に、人工的な貯水池とその近くにモスクを建設する伝統は、何世紀も前に現れました。ボロ・カウズは、ブハラの歴史的建造物です。レギスタン広場にそびえ立つ豪華で優雅なモスクの建物は、20本の木彫りの柱で飾られています。モスクの近くには、モスクの数年後に建立されたミナレット があります。

29. コジャ・ドニエ廟

コジャ・ドニエ廟と遺跡の眺め
預言者の遺骨が埋葬されているコジャ・ドニエ廟内の長いダフマ Dan Lundberg

アフロシアブの集落にあるコジャ・ドニエ廟は、サマルカンドで最も崇拝されているランドマークです。今日、イスラム教徒だけでなく、ユダヤ教徒やキリスト教徒を含む何千人もの巡礼者がこの墓を訪れています。ドニエは、正教ではダニエルは預言者であり、これら3つの世界宗教において重要な存在だからです。とにかく、サマルカンドを知るために訪れるすべての人にとって、この神聖な場所を訪れる価値があります。ダニエルは、夢や幻を見たり理解したりする能力を神から授かり、世界の終わりやキリストの再臨に関するそれらのいくつかは、預言者によって記録され、時代を超えて人々に伝えられてきました。伝説の一つに、アミール・ティムールが聖人の埋葬された場所を巡礼し、聖遺物の一部をサマルカンドに移すことを決め、現在ここに霊廟があります。多くの信者にとって、この霊廟は安らぎと静寂の中で休息し、恩寵の境地を見出すのに理想的な場所なのです。

30. タシケントのクケルダシュ・マドラサ

タシケントにあるクケルダシュ・マドラサの2階建てのフジュラ(独房)とモスクに囲まれた中庭

中世、乾燥した中央アジアは文化のオアシスでした。読書、芸術、神学の知識は、当時の人々にとって最も重要な能力でした。当時の教育センターとしての機能は、イスラム教の教育センターであり、同時に精神的な神学校でもあったマドラサが担っており、現在ではタシケントの歴史的・文化的名所となっています。クケルダシュはこの種の教育機関としては最大のもので、今日ではウズベキスタンの首都の中心部にある重要な建築物となっています。この “大学 “は16世紀にタシケントのカーンの近くにいた人物によって設立されました。この人物は、ウズベク語で「ハンの乳兄弟」を意味する「クケルダシュ」というニックネームを持っていました。何世紀もの間、マドラサは要塞であると同時にホテルでもあり、2度の大地震にも耐えました。そのため、この建物は何度も修復され、現代の修復家だけが元の外観を復元することができました。 ウズベキスタンは、世界を探検したいという欲望が、現代の旅行者をますます引き寄せています。今日、ウズベキスタンは、比較的控えめな予算であっても、ほとんどすべての人に余裕があります。ウズベキスタンは、鉄のカーテンの崩壊とともに観光業がゆっくりと、しかし着実に発展し始めたポストソビエトの国々に属しています。明るい太陽、エキゾチックな料理、豊富な果物や野菜、オリエンタルな香り、想像を絶する数の歴史的名所 - これがこの東洋の素晴らしい太陽の国がお客様に与えるものです。